時計のない夜を越えて…
看護師として働き始めて四半世紀近く…患者さんの命と向き合う責任感、そして昼夜を問わない不規則な勤務体系は、知らず知らずのうちに私の心身を蝕んでいました。
特に辛かったのが不眠症です。疲れ切っているはずなのに、ベッドに入ると頭が冴えてしまい、時計の針の音だけが虚しく響く「眠れない夜」が続きました。

そんなとき、先輩看護師のユミさんから教えていただいたのがアロマです。
初めてラベンダーの香りを深く嗅いだ瞬間、長年張り詰めていた心がストンと床に落ちるような安堵感を覚えました。
それは、体と心が自らほどけていくような、自然な癒やしでした。
そして、私が特に深く傾倒したのは、ヒノキやユズ・クロモジといった日本の植物から抽出される和アロマです。海外のハーブの華やかな香りとは異なり、どこか懐かしく、静寂をもたらしてくれる和の香りは、多忙な毎日に疲弊していた私に、ようやく「帰る場所」を与えてくれたのです。
このアロマとの出会いが、私の生活、そして看護師としてのキャリアを支える柱となりました。不眠症を克服し、心身のバランスを取り戻した私が、どのようにアロマテラピーを生活に取り入れ、そして過酷な仕事とどう線引きしているのかをご紹介します。
シーン別活用法:一日を香りでデザインする
私の毎日は、アロマの香りで始まり、アロマの香りで終わります。
特定のシーンに合わせて精油を使い分けることで、心身の状態を意図的に切り替え、ハードな看護業務を乗り切る準備をしています。
目覚め:一日のスタートをシャープに
朝、目が覚めたら、まずディフューザーにレモンやグレープフルーツなどのフレッシュな柑橘系の精油を数滴垂らします。
柑橘の爽やかな香りは、自律神経をリセットし、頭をスッキリと目覚めさせてくれます。特に夜勤明けの短い休息後など、疲労が残っている日でも、この香りで気分を切り替え、「看護師モード」へとスイッチを入れる儀式にしています。
リフレッシュ:勤務中の集中力維持
勤務中、仮眠の前後や短い休憩時間に、ペパーミントやハッカ(和薄荷)の香りを活用します。
清潔なハンカチやマスクの裏側に一滴垂らした香りを嗅ぐだけで、一瞬で眠気が飛び、集中力が回復します。特に和薄荷は、強い清涼感の中に静けさがあり、午後のだるさや疲労感を吹き飛ばすのに非常に効果的です。この小さな習慣が、長時間にわたる集中力を支えてくれています。
帰宅後:心身のデトックス
仕事が終わって家に帰り着いたら、すぐにティートリーとユズのブレンドで芳香浴を行います。
ティートリーは抗菌・抗ウイルス作用が期待でき、病院から持ち帰った「気」をリセットするイメージで使います。ユズの温かみのある香りは、緊張で張り詰めた神経を優しく解きほぐし、「家庭モード」への穏やかな切り替えを促してくれます。
患者さんのことや仕事の悩みで頭がいっぱいになるのを防ぎ、意識的に心を休ませるための大切な時間です。
就寝前:不眠の克服を支えた和アロマ
私を不眠から救ってくれたのが、ラベンダーとクロモジのブレンドです。
寝室のディフューザーには、必ずこのブレンドを使います。ラベンダーの鎮静作用と、クロモジが持つ深い森のような香りが相乗効果を生み、体全体を深くリラックスさせてくれます。この香りを嗅ぎながら深呼吸を繰り返すうちに、無理なく自然に深い眠りにつけるようになりました。
また、入浴時、少量のキャリアオイルに精油を混ぜて浴槽に入れるアロマバスも、温浴効果とリラックス効果を高め、寝つきを良くしてくれます。

これが全てではありませんが、今の私に合った使い方になります。
心身の状態や体調により変える時もありますし、変化していくものだと思っています。
生活の中で、どのような形でアロマテラピーを取り入れているのか

アロマテラピーは、私の「心のセルフケア」の柱となり、生活のあらゆる場面で活用し、心身の健康と生活の質を保っています。
セルフマッサージ(トリートメント)
日頃の激務で凝り固まった肩や足、特に夜勤でむくみがちな足には、マッサージオイルが欠かせません。
キャリアオイル(ホホバオイルなど)にマジョラムやジュニパーベリーといった血行促進作用や筋肉の緊張を緩和する作用が期待できる精油をブレンドし、入浴後にセルフマッサージをします。自分の手で自分の体を労る時間は、自己肯定感を高める大切な習慣となっており、「明日も頑張ろう」という活力を生み出してくれます。
アロマクラフトと創作
アロマテラピーを趣味として楽しむ中で、アロマクラフトにも夢中になりました。
ルームスプレー(ヒノキ・サイプレス)、練り香水(サンダルウッド・ネロリ)、ハンドクリームやアロマキャンドルなどを手作りしています。特に、友人や同僚に自分の作ったアロマグッズをプレゼントし、喜んでもらえる瞬間は大きな喜びです。この創作活動を通じて、仕事とは違う達成感を得られ、ストレス解消に繋がっています。また、手作りのものは、成分が明確で安心感があるのも魅力です。
掃除と消臭に活用
化学的な洗剤や消臭剤の使用を減らすため、アロマを活用しています。
キッチン周りやトイレの掃除には、レモングラスやティートリーを水に混ぜてスプレーします。天然の抗菌・消臭効果が期待できる上に、空間全体が清々しい香りに包まれ、家事の時間が癒やしの時間へと変わります。
看護師としてのアロマと仕事への線引き
アロマテラピーで自分自身が救われた経験から、その力を患者さんや同僚にも届けたいという思いは強くあります。
しかし、現在の日本の医療現場において、アロマテラピーを本格的な「療法」として導入するには、乗り越えるべき多くの課題があります。
医療現場は、アレルギーや疾患・薬との相互作用など、安全管理が最優先される場所です。精油は非常に高濃度な成分であるため、患者さんの状態によっては使用が禁忌となる場合もありますし、医療チーム全体での共通認識と研修が不可欠です。
そのため、私は仕事中はあくまで自分のセルフケアにとどめています。
看護師としての責任感を持ちつつ、アロマの力を活用することには難しい現実があります。
だからこそ、仕事から離れた自宅でのアロマテラピーは、私にとってプロフェッショナルな自分を支えるための最も重要な土台となっているのです。
この自然の恵みが、明日もまた現場に立つ活力を与えてくれています。
アロマが教えてくれたこと
看護師の仕事は、誰かの命と健康を支える仕事ですが、そのためにはまず自分自身が健康でなければならないことを、不眠症という辛い経験を通じて学びました。
アロマテラピーは、私にとって単なる「良い香り」ではなく、自分自身の体と心に静かに耳を傾ける時間、そして自然の治癒力を信頼する術を教えてくれました。
私が最も愛する和アロマのように、優しく、しかし確実に人々の心に寄り添い、癒しを届ける看護師であり続けたいと思っています。

あなたも日々の忙しさから少し離れ、心に静けさをもたらすアロマの力を取り入れてみませんか。
それは、忙しい毎日を支える確かな力になってくれるはずです。